元保育士だった私が海外でバレリーナになりました

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初めまして、ひよです。

2024年の3月末まで地元の幼稚園でパートとして約3年間働いていました。

それから色々なアクションを経て、今年の9月から初めての海外生活をスタートさせました。

まずは馴れ初めをぜひ読んでみてください。

園児たちに感化されバレリーナになることを決意

朝の8時半から約6時間平日は幼稚園で働き、その後にバレエ教室の助手として週に3日働く生活を送っていました。

仕事が終わった夜にバレエのクラスを週に4回程度受けていて、体力を完全消耗させて充実した日々を送っていました。

幼稚園の先生を仕事に選んだ理由は、昼過ぎで仕事が終わり、パートなので副業もできるからです。

もし将来バレエの先生として生きる選択をした時のために、未就学児に対しての接し方も学びたかったので一石二鳥でした。

幼稚園での仕事はとてもやりがいがあり、悩むこともたくさんありましたが子供たちの笑顔を毎日見れる幸せを噛み締めていました。

子供たちに毎日接していると、彼らの世界が自分の世界と混ざっていく感覚になりました。

園児たちは真っ白な心を持っていて、とにかく純粋でした。

そんな彼らに私はしっかり感化され、『私が本当にやりたいことってなんだろう…』と考えるきっかけになりました。

そして2023年の夏休みに全力自己分析&他己分析をし、自分が人生の中でやり残したことを見つけました。

それはバレリーナになる挑戦をすることでした。

当時コロナがあったこともあり、私は海外へ行くことの考えが頭の中から消えていました。

そして25歳でアラサー、海外のバレエ学校に入っていたこともなく、バレエコンクールでの受賞歴も何もなく、しかもプラスで三角骨を痛めてしまった時期でした。

バレエダンサーになるには遅すぎる年齢であることは自覚していました。

それでも園児の真っ白な世界に身を置いていたので、子供たちに行動しないよりも挑戦することがいかに大切かを学ばせてもらっていました。

そこからさまざまな行動を起こし、無事夢を叶えることに成功し、タジキスタンの国立バレエ団に就職が決まって今に至ります。

初めての海外生活inタジキスタン🇹🇯

ここのバレエ団から連絡が来るまで『タジキスタン』という国すら知りませんでした。(ただただ自分の知識不足です。)

どんな国か軽くは調べたものの言語の準備は日本でほとんどできず、勢いで海を渡りました。

タジキスタンの公用語はタジク語とロシア語です。

私は26年間日本に住んでいたのと、英語も苦手だったので日本語しか本当は話せません。

今のところ少し覚えたロシア語と簡単な英語と大きなジェスチャー、そしてgoogle翻訳で生活しています。

この状態では携帯がないと1人では生きていけません。

職場には10人の日本人がいて、ホントにたくさん助けてもらっています。みなさんとても優しいです。(人間関係に恵まれたのは奇跡だと思っています。)

仕事は踊ることなのでなんとかついていけていますが、日常生活でいろんな出来事が起こりすぎています。

まだこの国に来て2ヶ月とは思えません。

そんな美しく素敵で飽きないタジキスタンでの日常をここに残していこうと思います。

他にも今年の思い出や、過去のことも振り返りながら書いていくので、ぜひ見ていってください。

ではこの辺で。ばいばいきん˙³˙ )ノ”

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